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ゲイリー・フェイ・ロック / 駱家輝

Jul 31st, '11, 13:07

ゲイリー・フェイ・ロック / 駱家輝


ゲイリー・フェイ・ロック(Gary Faye Locke, 1950年1月21日 - )は、アメリカ合衆国の政治家。1997年から2005年までワシントン州知事を、2009年からアメリカ合衆国商務長官を務めた。中国系アメリカ人としてアメリカ史上初めて州知事に就任した人物として知られている[1]。

目次

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1 生い立ちと家族
2 初期の政治経歴
3 ワシントン州知事
3.1 2004年ワシントン州知事選挙
4 2005年から2009年にかけて
5 アメリカ合衆国商務長官
6 アメリカ合衆国中国大使
7 参考文献
8 外部リンク
生い立ちと家族

1950年1月21日にワシントン州シアトルで、5人兄弟の第2子として誕生。父系の祖先は清の広東省台山からの移民であり、ロックは中国系3世である。父親ジェイムズはアメリカ生まれアメリカ育ちであり、母親ジュリーはイギリス統治下の香港出身であった。両親はロックに対して、中国名“駱家輝”(広東語発音:ロク・ガー・ファイ)を与えた。

1968年にシアトルのフランクリン高校を首席で卒業。ワシントン州ボーイスカウトに所属。アメリカ・ボーイスカウトの最高階級であるイーグル・スカウトに列され、殊勲イーグルスカウト賞が授与されている[2]。

ロックはアルバイトで学費を稼ぎ、加えて学資援助や奨学金を利用してイェール大学に入学した。1972年に政治学の学士号を取得[3]。1975年にはボストン大学法科大学院で法律の学位を取得。

1994年10月15日、シアトルのテレビ局KING-TVのレポーターであったモナ・リーと結婚。モナの両親はともに中華人民共和国の出身であった。モナの父親は上海の生まれ、モナの母親は湖北の生まれであった。ロックはモナとの間に、3人の子供をもうけた。長女は1997年3月に誕生したエミリー・ニコール、長男は1999年3月に誕生したディラン・ジェイムズ、次女は2004年11月に誕生したマデリン・リーである。

初期の政治経歴

1982年、南シアトル地区からワシントン州下院議員に選出。ワシントン州下院歳出委員会で委員長を務めた。1993年、中国系アメリカ人として初めて、キング郡長官に選出。この選挙においてロックは、3選目を目指していた共和党現職ティム・ヒルを得票率58パーセント対42パーセントで下した[4]。

ワシントン州知事

1996年、ワシントン州知事選挙で勝利を収め、中国系アメリカ人としてアメリカ史上初めて州知事に就任した。ロックはこの選挙において、共和党所属の元州下院議員エレン・クラスウェルを得票率58パーセント対42パーセントで下した。ロックは都会派の自由主義者として、同性愛や人工妊娠中絶を擁護する論調で支持を集めた[5]。1997年、州の選挙管理当局はロックが主宰する政治委員会に対して、2500ドルの罰金を科した。選挙管理当局はこの罰金について、1996年の選挙活動中に州の選挙資金法に抵触する行為が認められたためであると公表した[6]。2000年の州知事選挙にも立候補し、ラジオパーソナリティの共和党候補ジョン・カールソンを大差で破っている[7]。

ロックは共和党の「新税はない」という路線に迎合する政策を採った。しかしながら2001年の経済危機に続いてワシントン州の財政が悪化すると、民主党員はロックを非難し、ロックによる州の財政再建案に異を唱えた。ロックが行った支出抑制策により、数千人の州公務員が一時解雇され、健康保険支給額が削減され、州公務員に対する給与支払いが凍結され、介護施設や発育障害児支援に対する資金援助が縮小された。

ロックは国政の場において、副大統領候補の有力な新星の1人として民主党から言及された。ロックはブッシュ大統領の2003年一般教書演説において、教書に対する民主党としての応答を提示する役割を任された[8]。1997年の一般教書演説の際に、州知事として出席したことがあった[9]。

2004年ワシントン州知事選挙

2003年、元ワシントン州最高裁判所判事フィル・タルマッジは政治的左派の支持を受けて、2004年の州知事民主党予備選挙に立候補する計画を発表した。タルマッジはロックについて指導力を欠いていると指摘し、ロックの対抗馬になると言及した[10]。だがタルマッジは健康的理由により、選挙戦を早い段階で離脱した。

2003年7月、ロックは周囲の意に反して、州知事の3選目を目指さないことを明らかにした[11]。これに関して「この州に対しては、深い愛情があります。ですが私は、それ以上に家族に対して多くの時間をささげたいと思っています」と弁解した[11]。シアトル・ポスト・インテリジェンサーの特別寄稿者スーザン・ペインターは、2期連続で州知事を務めたロックが公職を退く決断を下した要因について、ロックや家族に対する中傷や脅迫が関与していることを示唆した。そしてその脅威は、特に2003年の一般教書演説において民主党の応答演説者を務めた後から激しくなり、それがロックの決断を決定的なものにしたと分析した[12]。州知事ロックは何百通もの脅迫状や脅迫メールを受け取り、その中には子供を殺すとの脅し文句も含まれていた[12]。

2005年1月12日の任期満了を持って州知事を退任。後任の州知事については、2004年の州知事選挙の結果をめぐって民主党クリスティーン・グレゴワール候補と共和党ディノ・ロッシ候補が僅差による集計で争っていた。そのため、仮にロックの任期満了までに選挙結果が確定していなかった場合、州憲法の規定により後任が確定するまでロックが継続して州知事を務めることになっていた。最終的には、手作業による3度目の集計により民主党グレゴワール候補が後任となった[13] 。

2005年から2009年にかけて

ワシントン州知事を退いた後、国際法律事務所であるデイビス・ライト・トリメインに加わった。この法律事務所では、中国関連の案件や政府間関係の案件を扱う部門に所属。2008年、大統領選挙の民主党予備選挙においてヒラリー・クリントンを支持し、クリントン陣営のワシントン担当委員長を務めた[14]。

アメリカ合衆国商務長官



商務長官指名を受けるロック
2008年12月4日、AP通信はバラク・オバマ次期政権における内務長官の有力候補として、ロックの名前を報道した。だが実際には、コロラド州選出連邦上院議員ケネス・リー・サラザールが指名を受けた。

2009年2月25日、ロックはオバマ政権において商務長官に指名された[6]。指名承認は2009年3月24日に行われ、連邦上院は満場一致でロックを承認した[15]。就任式は2009年3月26日に実施され、連邦判事リチャード・ジョーンズが就任宣誓を執り行った[16]。ロックは中国系アメリカ人として最初の商務長官に就任した。アジア系アメリカ人としては、オバマ政権においてエネルギー長官スティーブン・チュー、退役軍人長官エリック・シンセキに続く3人目の閣僚となった。これによりオバマ政権は、過去最多のアジア系アメリカ人閣僚を抱える政権となった。

アメリカ合衆国中国大使

2011年3月9日,オバマ大統領は2011年4月末に退任するジョン・ハンツマンの後任の駐中国大使として正式指名した。上院の承認を経て就任すれば、中国系米国人として初の駐中国大使となる。 [17]。

参考文献

^ Gilbert Cruz (2009年2月25日). “Commerce Secretary: Gary Locke”. Time 2009年3月25日閲覧。(英語)
^ Frank Chesley (2006年6月29日). “Locke, Gary Faye (b. 1950)”. HistoryLink. 2009年3月25日閲覧。(英語)
^ “Biography of Governor Gary Locke”. Who's Who of Asian Americans. November 9, 2008閲覧。(英語)
^ Del Rosario, Carina A. (1993年11月16日). “Gary Locke is new King County Executive: Locke becomes most powerful”. International Examiner 2009年4月25日閲覧。(英語)
^ Lilkelly, Ned (1996年11月6日), “Statehouse races end in a standoff”, Pittburgh post-Gazette: A16(英語)
^ a b Sidoti, Liz (2009年2月25日). “Obama chooses Locke to run Commerce Department”. Yahoo! News. Associated Press 2009年2月25日閲覧。(英語)
^ Postman, David (2000年11月12日). “Strong Gore vote hints Washington no longer has swing-state status”. Seattle Times Newspaper. 2009年4月25日閲覧。(英語)
^ Congresswoman Nancy Pelosi (2003年1月15日), “Democractic Leaders Announce Governor Gary Locke Will Deliver the Democratic Response to State of the Union Address”, プレスリリース 2009年2月24日閲覧, "Senate Democratic Leader Tom Daschle and House Democratic Leader Nancy Pelosi announced today that Governor Gary Locke of Washington state will deliver the Democratic response to President Bush’s State of the Union address.(上院民主党院内総務トム・ダシュルおよび下院民主党院内総務ナンシー・ペロシは今日、ワシントン州知事ゲイリー・ロックをブッシュ大統領の一般教書演説に対する民主党の応答の演説者とすると発表した。)"(英語)
^ Clinton, Bill (1997年2月4日). “Remarks By The President In State Of The Union Address”. The White House. 2009年2月24日閲覧。 “Gary Locke, the newly elected Governor of Washington State, is the first Chinese American governor in the history of our country. He's the proud son of two of the millions of Asian American immigrants who have strengthened America with their hard work, family values and good citizenship. He represents the future we can all achieve. Thank you, Governor, for being here. Please stand up.(新任のワシントン州知事ゲイリー・ロック氏は、わが国の歴史における最初の中国系アメリカ人知事であります。彼は厳しい労働、家族重視の価値観、良好な市民権の下にアメリカを強くした何百万人ものアジア系アメリカ人移民の中の2人が産んだ、偉大な息子であります。彼は、私たち全員が到達することのできる未来の象徴であります。ご来訪いただいた知事に感謝いたします。ご起立願います。)”(英語)
^ Mercurio, John (2003年1月28日). “GOP sees easy target in Democratic responder”. CNN Washington Bureau. 2009年4月25日閲覧。(英語)
^ a b Washington State Office of the Governor (2003年7月21日), “Gov. Gary Locke Announces He Will Not Seek a Third Term”, プレスリリース 2009年2月24日閲覧。(英語)
^ a b Paynter, Susan (2003年7月26日). “Threats to Locke's family are a factor in third-term decision”. Seattle Post-Intelligencer 2007年12月17日閲覧。(英語)
^ Staff reporter (2004年12月23日). “Wash. Recount Favors Democratic Challenger”. Associated Press. 2009年2月24日閲覧。 “If the legal fighting does not produce a new governor by the scheduled Jan. 12 inauguration, lame-duck Gov. Gary Locke, a Democrat, may have to stick around. That is because of a provision of the state constitution that says the governor's term of office is four years "and until his successor is elected and qualified.(仮に法廷闘争が1月12日の就任式までに新知事を確定できなかった場合、退任間際の民主党ゲイリー・ロック知事が残任することになる。これは知事の在職期限を在任4年経過かつ“選挙で選出された有資格者がいること”とする州憲法の条項によるものである。)”(英語)
^ Ammons, David (2007年10月7日). “Ex-governor Locke named Clinton state co-chair”. Seattle Post-Intelligencer 2007年10月17日閲覧。(英語)
^ “U.S. Senate Confirms Gary Locke as Commerce Secretary”. United States Department of Commerce. (2009年3月24日) 2009年3月25日閲覧。(英語)
^ O'Keefe, Ed (2009年3月27日). “Locke Officially Leading Commerce”. The Washington Post 2009年3月29日閲覧。(英語)
^ “米、駐中国大使にロック商務長官を正式指名 初の中国系”. 朝日新聞. (2011年3月10日) 2011年3月10日閲覧。
外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、ゲイリー・フェイ・ロックに関連するカテゴリがあります。
Office of the Secretary(英語) - アメリカ合衆国商務省
Bio of Gary Locke(英語) - ワシントン州デジタルアーカイブ
官職
先代:
ティム・ヒル キング郡長官
1994年1月4日 - 1997年1月15日 次代:
ロン・シムズ
先代:
マイク・ロウリー ワシントン州知事
1997年1月15日 - 2005年1月12日 次代:
クリスティーン・グレゴワール
先代:
カルロス・グティエレス アメリカ合衆国商務長官
2009年3月26日 - 次代:
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2% ... 3%E3%82%AF
Attachments
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